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物語とその基盤の話

 KAKERUの「魔法少女プリティ☆ベル」という漫画の最新刊が発売されているのですが、今後この漫画を買い続けていくかどうか、少し悩んでいるところです。ほとんどの人は恐らく知らないであろうこの漫画、ざっくり紹介すると、

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 魔法の杖に選ばれた女子小学生が魔法少女に変身して、いろんな召喚獣と共に悪の組織と戦っていく夢と希望の物語。

 と、見せかけて、

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 三十路を超えたボディービルダー魔法少女に変身して、ポージングを取ることにより放つことのできる謎の光弾を初めとする圧倒的武力により魔族を鎮圧していくギャグバトル漫画。

 と、見せかけて、

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 「魔族」「天使」「魔法」というファンタジー要素の中に、政治や経済、教育、軍事などの「現実的な要素」を埋め込んだ意欲作です。どちらかというと「現実世界に実際にファンタジーなものが登場した場合、一体どうなるか」を描いた漫画と言った方が正鵠を射ているでしょうか。

 さて、この漫画、現在15巻まで出ています。そもそもがマイナー誌の作品なので大ヒットとはなりませんが、決して面白くないわけではありません。むしろかなり面白い漫画だと僕は思っています。「手元に残しておきたい」と思ったもの以外は僕は買いません。
 じゃあ何故ここまできて継続購読を悩んでいるのかというと、一言でいうなら、口説くなってしまったから、です。

 僕は結構その基盤となるものがしっかりしているお話が好きです。ここでいう基盤は、物語や登場人物の設定のことは指しません。「作者が好きなもの、考えていること、信じていること」それらが伝わってくるお話が好きなんです。基盤が確固たるものであればあるほど、その上に乗る物語も確固たるものとなるはずです。
 図で示せばこうなります。

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 例えば伊坂幸太郎の小説って巧みな構成と伏線が評価されることが多いのですが、僕が好きなのはむしろ「私は正義の味方になりたかったんですよ(フィッシュストーリー)」「やるしかないじゃない(グラスホッパー)」のような些細な部分の言い回しだったりするんです。何でもないような言葉選びであるようで、でもその何でもない台詞に物語の重みが全部乗っかっていたりする。それは著者が「どんな風に生きるべきか」という、ある種究極的でかつしょーもない命題に真剣に取り組んでいるからだと思います。だから彼の作品の登場人物にはある種の信念があって、そこから放たれる台詞には密度がある。
 漫画で言うなら水上悟志ですね。彼はいろんな作品が少しずつリンクしていることがファンの間で有名ですが、それは彼が興味を抱いている「妖怪」「輪廻転生」「超能力」などの超常的なものに対する洞察を基盤にして、物語が成り立っているからです。作品のリンクは目的ではなく、ただの結果なんだと僕は考えています。すなわち、彼の持っている基盤が「惑星のさみだれ」「戦国妖狐」「スピリットサークル」その他諸々の物語がそこに乗れるほどに頑強で広大なものである、ということを示しているわけです。
 (こういう考え方をしていると、一体どうやって成り立ってるのか全く分からんお話についてはどういう判断を下したらいいのか全く分からないんですけどね。さいはて -Daydream Attractorとか。理屈では全く分からないけど、感覚的にはもうメチャクチャ面白い)

 じゃあ、政治や軍事などの社会的制度に対しての豊富な知識や見識に基づいて成り立っている魔法少女プリティベル、なんで今僕はこれに対して首をかしげてしまうのだろうか。

 答えは簡単でした。
 僕が見たいのはあくまで「物語」であって、「基盤そのもの」ではないからです。
 図示するとこうなります。

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 最近の魔法少女プリティベルは完全に「作者の主張を読まされている」気分になってしまうんですよね。登場人物の台詞が彼ら自身の台詞のように聞こえないのです。実際、作中のいわゆる「強キャラ」達は、「間違っている雑魚キャラ達」を論理的にも武力的にもぶっ飛ばしていく描写があります。雑魚キャラたちの間違った意見や暴力は強キャラたちには全く通じません。そして、敵味方を問わず強キャラ同士ではある程度の意志の疎通が取れるのです。つまり、この作品内では「正しいことが確定的に決まっている」。その作品内で正しいことが、そのままイコールで作者の意見なのです。その結果、物語の展開やら登場人物の葛藤なんかは二の次、この漫画はだんだん「作者の意見」ばかりが目に付く漫画になってきてしまいました。

 要はその辺はバランスなんだとは思います。が、漫画や小説などのフィクションで「その背後で登場人物全部を操っている神様」が透けて見えちゃったらやっぱり興醒めですよね。フィクションはあくまでフィクションの中で完結してこそのもの。「面白いお話」を作るのは難しいことなんだな。