橋を渡る話

 時間を持て余していたので、自転車で橋を渡った。
 わりと大きな橋だったが、僕にとっては特に渡る意味のない橋だった。本土と離島を繋いでいるわけでもなく、工業団地と工業団地を繋ぐだけの橋だった。立地的にはドラクエ5にあった意味のない橋によく似ていた。団地のどこかに勤めている人か、さもなくば運転の練習をしたい若葉マーク車やランニングする野球少年以外には必要とされていないはずの橋だった。おまけに僕がその時向かっていた方向とは逆の方向に伸びているときている。
 ここまでくるともう、僕とその橋には全く縁がないのだと思えた。僕にその橋を渡る必要は今後一切訪れないだろうし、例え僕が渡らなくても橋は橋を必要とする人たちに渡られ続けるだろう。全く関わらないことこそが、僕らには自然な状態だったに違いない。
 だけど、僕は渡った。
 時間を持て余していたというのもその理由の一つだし、それに僕はけっこう橋が好きなのだ。橋は何処かいつもと違う場所に僕を連れていってくれる。川や海は、そこにあるだけで街や県、国の境界となっている。橋を渡って川を一つ越えればそこはもう僕の住む街ではなくなる。橋は境界を超えるのだ。そんな感覚を与えてくれる橋のことが、僕は好きだ。
 だから僕は、特に渡る意味のない橋を渡った。

 汗を垂れ流しながら走っている少年たちの脇をすり抜け、若葉マークを付けた軽自動車とすれ違い、自転車のギアを目いっぱい軽くして、ペダルを踏みながら僕は橋を登った。
 最高点で自転車を停め、橋の欄干にもたれかからせた。背負ったリュックから水筒を取り出し、氷を入れて良く冷やしておいた水を一口飲んだ。橋の上からは青い空とそう綺麗ではない海と、煙を吹きだす工場の煙突や丸く大きい液体窒素のタンクがよく見えた。僕は大きく伸びをして、サドルにまたがって橋を下り始めた。
 自転車はあっという間に加速した。全身に風を浴びながら、次に時間を持て余した時にはまたこの橋を渡ろうと僕は思った。
 

 

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 参考:ドラクエ5にあった意味のない橋