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「言葉の海」

お話

 彼女らは海女と呼ばれ、彼女らが海女と呼ばれるようになってからそこには「言葉の海」という名前が付いた。

 海女と呼ばれるようになったのは、その出で立ちや生業が従来の海女に酷似しているからだ。彼女等はゴーグルを身に着け、籠を片手に、動きを阻害しない程度の軽装で言葉の海にダイブする。

 彼女等の身に着けるゴーグルは、通常のものとは目的が異なっている。あちらは水の中でも明瞭な視界を確保するためだが、こちらは裸眼ではあまりにも多すぎる情報量をある程度遮断するために使われる。

 当然、籠も普通のものではない。編まれるのは木片ではなく、情報をとらえるための高機能電磁記憶媒体だ。これは内部の空間を電磁的に操作して記憶容量を作成することにより情報を物理的かつ簡便に収納できるようにしたものであるが、これ以降は専門的な話になってくるため詳細な説明は差し控えさせていただく。

 海女たちは言葉の海に潜る。言葉の海には上下も前後も左右もなく、どこに向かって進むのが果たして「潜る」ことになるのかは明確でない。しかし彼女らはとにかく奥に向かって潜っていく。

 そこは、一面が乳白色をしている。明るくもなく、暗くもない。光と影の一切が平均されたような空間だ。そこに無数の言語が浮いている。文字の種類もフォントも様々で、大半は意味をなさないノイズであり、海女たちはそれを両手でかき分け進んでいく。流動性が悪くどかすのに一苦労する太字のゴシックや、鋭利な部分が多く肌を傷つけやすいアラビア語などはここではあまり人気がない。

 海女たちは自分の直観に従い、「これは」と思うものを背に負った籠に放り込んでいく。この目利きに関しては経験に依存する部分が多い。誰もが一目で判別できる程度に有名な言葉は持って帰ったとしても勿論大した値は付かず、真に貴重な言葉は未だ誰も知らないもので、見たこともない言葉の意味と価値を咄嗟に判断してかっさらうベテラン海女のノウハウは一朝一夕で得られるものではない。

 耳を澄ますのさ。そう彼女は言う。自分の潜る場所に言葉の海という名前がつく前からこの仕事に携わってきた、国内で最も経験の豊富な海女のうちの一人だ。

「私らが拾うのは、誰かに読まれるのを待っている言葉だ。そういう言葉からは声が聞こえるんだよ。だから、目に頼ってちゃあダメなんだ。言葉の声を聴く」

 私は彼女の仕事場を見せてもらった。といっても、そう大層なものではない。自宅の一角に設えられた、四畳半の和室だ。

 部屋には大きな棚があり、各段に敷かれた和紙の上に、大量の言葉が並んでいた。今朝獲ってきたばかりのものだという。

「そしてね、私らは手紙を作るのさ。これはあんまり正確な言い方じゃないけどね。言葉の声を聴いて、こいつらが並びたいように並ばせてやる。そうすると、ある程度の文脈が生まれるのさ。私にはその意味がさっぱりわからんことが多いがね。ともかく、私はそうやる。文脈が生まれたら、そこからはもう私の仕事じゃない。市場に流せば、後は自ずと誰かに届くよ。この手紙を読みたいと思っている誰かにね」

 私は和紙の上の見たこともない言葉を眺める。私の知る限り、現在使われているものではない。かつて存在した言語か、あるいはこれから存在することになる言語か。おそらくはそのどちらかだろう。

 これも誰かに届くのでしょうか、と私は海女に聞いた。

 届くに決まってるさ、と彼女は言った。