足の爪の話

 足の爪を切るのは難しい。爪が厚いので刃が入りにくく、隣の指が邪魔をする。人間の身体は足の爪を切るようにはできていない。人間はもっと進化の過程で足の爪を切りやすいように体の形を変化させてもよかったのではないかと思うことがあるけれど、生き残るために上手に足の爪を切る必要がある世界というのはいまいち具体的なイメージがわきにくい。

 そんなこんなでどうにかこうにか俺は足の爪を切る。苦労して切った割には切られた後の爪は不揃いでガタガタで、まるで過去みたいだな、と俺は思う。切り捨てるのには労力が必要で、しかも上手に切り捨てるのは難しい、とかそういったことを意図したらしいが、あまり比喩の才能が俺にはない。

「適当なところで切り捨てにゃならんよ」と、足の爪おじさんが言う。足の爪おじさんは足の爪と過去を切り捨てるのが苦手だったので、信じられないくらい長く伸びてしまった足の爪と過去に埋もれながら暮らしているおじさんだ。自分自身よりも足の爪と過去のほうが肥大化しているため一体どちらが足の爪おじさんそのものなのかさっぱりわからなくなっている始末で、勿論そんなおじさんは実在しない。

「俺みたいになりたくなければな」と足の爪おじさんは続けて言うが、実在しないおじさんの小言に耳を貸すのもしんどいので先ほど切った足の爪と一緒にゴミ袋に詰めてベランダから投げ捨てた。要らないものはベランダから投げ捨てると良い。そうすると自分の部屋から要らないものがなくなるから。ベランダの下に転がるゴミ袋を見て、なんなら俺自身も投げ捨ててしまった方が本当はいいのだろうと俺は思う。