靴下の片方がどこかへ消える話

 洗濯物かごをひっくり返した僕は、やれやれ、とため息を吐く。やれやれ、まただ。靴下が片方しかない。灰と赤のストライプ、それと合同の関係にあるはずの片割れがない。これで5足目だ。ボーイング747のシートに座った「ノルウェイの森」の主人公がやれやれまたドイツかと呟くように、僕はやれやれまた靴下かと呟くのだ。驚くべき格差社会。これがせめてイタリアだったら形も靴下に似るのになと思うのだが、それで何が良くなるのかは全く分からない。

 ここは男子寮であり、ランドリールームには洗濯機とその上に乾燥機が四台ずつ、等間隔に並んでいる。その様子はなにやら結界を守る魔物のようである。全員を一気に倒さなければならないやつだ。一体だけ倒したとしてもアレイズで復活させてくる。上の乾燥機は多分魔法攻撃を主体とする。

 そのたった四台しかない洗濯機や乾燥機の中に、益荒男どもが一週間溜まりに溜まった汚れ物をこれでもかというほどぶち込んで、しかも洗いっぱなしの乾かしっぱなしにしていたりするので、もうどこの洗濯物が誰の洗濯物かも分からない。置き去りにされた洗濯物の山は日に日に大きくなっており、もはや誰のものとも知れない。巨大化した洗濯物の山はいずれランドリールームから溢れだし、廊下を埋め、寮全体を飲み込んでいく。Googleマップで探した僕の住居は「寮」と記されているのだが、これがやがては「洗濯物」に切り替わるのであろう。もしそうなったら、僕のことを洗濯物に住む男として後ろ指さして笑ってください。

 で、どこかへ行った僕の靴下。わりと最近買ったばかりの灰と赤のストライプの靴下は、寮を埋め尽くした洗濯物山のふもとをひょこひょこ飛び跳ねるように歩いている。彼は探している。いなくなった片割れが、どこかに埋もれていないだろうかと。

 心細さに涙を流しそうになりながら、彼は探している。灰と赤のストライプの靴下ー。灰と赤のストライプの靴下ー。

「灰と赤のストライプの靴下ー」

「呼び方がまどろっこしいな」

 突然の突っ込みにびくりと振り返ると、そこには黒い靴下が一つ佇んでいる。当然のようにそいつも片方だけであり、靴下本来の機能を果たすには足りない。

「そうだな、お前のことは略して【灰スト】と呼ぶことにしよう」

「そんなパンティストッキング略してパンスト、みたいな呼称は嫌です」

「ついてこい。こっちに片割れを無くした靴下たちが身を寄せ合って過ごしている村がある。お前の探し人、いや探し靴下もそこにいるかもしれない」

「ありがとうございます。あの、あなたのことはなんと呼べば……?」

「そうだな、俺のことは黒304号とでも呼んでくれ。同じ見た目がたくさんいてな」

「安直なネーミングがもたらした悲劇」

 そうして灰ストと黒304号は連れだって歩き、深い森や広大な砂漠を、要するに花壇や砂場をいくつも抜けて靴下の片割れが身を寄せ合って過ごしている街にたどり着くわけだが、

「こ、これは一体どうしたということだ!」

 と仰々しい驚き声を黒304号が上げる。目の前に広がるのは無残に破り散らかされた靴下たちの残骸。この惨状、靴下たちなら思わず嘔吐し、人間たちなら全部燃えるゴミに出してしまうほどの惨たらしさである。

「いったい、誰がこんなことを……!」そう嘆く灰スト。

「決まっているだろう!」と黒304号は怒鳴る。

「我々、片割れを失くした靴下の天敵。それは……!!」

 

 ***

 

 なんなんすかね。なんかもう思いつかなくなっちゃって急に冷めちゃったんですけれど、カラスとかっすかね。

 さてそんな片割れを失くした靴下たちの興亡はさておき、ともかく僕の部屋には片方しかない靴下が5つ転がってるんですけれど、これどうしましょうか。小石を詰めてカラスに投げつけたりすればいいっすかね。

 いけお前たち。片割れの仇だ。