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ゴルフに嫌々行く話

日記

 ゴルフは社交の手段であり社会人として身に付けておいて当然の教養である、とそういった考え方は未だに深く根付いているらしく、俺も来週開催される社内ゴルフコンペへの参加が半ば強制的に決まった次第である。

 全く気乗りしていない。何を隠そう、あまりゴルフが好きではないのだ。半年くらい前に上司から頂戴したゴルフクラブ素振りトレーニング器具は玄関の片隅に鎮座している。一見暴漢が侵入したときに警棒代わりに使えそうだが、しかしこのゴルフクラブ素振りトレーニング器具、家の中で振り回しで家具やら家人やらをうっかり破壊することがないようにとの気配りにより先端が柔らかなクッションで包まれているため武器としての価値は限りなくゼロであり、現在のところ気が向いたときに握って振れるだけの奇怪なオブジェである。

 ゴルフの何が気に食わないって、まずスポーツとしてのコスパが悪い。これが気に食わなさのおよそ二割を占める。一万円近い料金を要求する割にやることといえば、棒を振って移動する、これのみである。腕と足の裏にばかり負担がかかる。水泳を見習え。身体にかかる負荷のバランスの良さから、コスパランキングは堂々の第二位だ。第一位はジョギング。無料は強い。

 残りの八割は、俺が球技が苦手であるという、それに尽きる。棒を振って球に当てて狙った方向に飛ばすなんて、奇跡が何回必要なんだよ。

 従って俺には全くやる気がなく、コンペ参戦が決まってからもちっとも練習していない。半年近くゴルフクラブを握っていない。ここまで間が空くと逆にうまくなってるんじゃないかと思う。

 そんな俺に、うちのチームリーダーが声をかけてきた。

 リーダー「○○くん、ゴルフコンペのための練習会を開催しようと思うんだけど」

 ぼく「喜んで参加します! いやちょうど練習せなあかんなと思ってたところなんですよ! まだまだ下手くそなんで迷惑かけるかもしれませんけれど、是非是非勉強させてください! 楽しみだなー!」

 権力に弱い自分が憎い。

 

 で、今朝から行ってました。ゴルフに。

 直前になってすらもやる気がない。どんだけやる気がないかって、財布の中に1200円しか入っていないことがそれを裏付けている。打ちっぱなしですら払えるか微妙な金額である。さすがにまずいので、コンビニに立ち寄ってコーヒーを買ったりお金を下したりすることにした。

 近所のコンビニに車を停め、まずコーヒーを注文しようとレジの前に立つと、真横にあるドーナツの棚が目に入った。

 ドーナツ。俺はドーナツが結構好きなのだ。学生時代はテスト勉強のためにミスドに籠り、チョコオールドファッションを食ったりしていた。テスト勉強なぞチョコオールドファッションを食うための口実に過ぎなかった。チョコオールドファッション狂いである。

 そんなファッションモンスターであった過去を思い出したので、自分を奮い立たせるためにドーナツを注文することにした。しかしここでまたチョコオールドファッションを頼むのも芸がない。俺は日々変化し成長しているのだということを、ドーナツ選びはじめとする日常の些事から、俺はもっとアピールしていかなければならない。

 他に何かないかなと視線をさまよわせたところ、ココア風の生地にシナモンがかかった美味しそうなドーナツを見つけた。こいつにしようと商品を指さそうとして俺は気付く。商品名が

 『黒ねこココアドーナツ(ホイップクリーム入り)』

 これである。責任者出てこい。

 25歳男性がココアドーナツを食べたくなるケースを想像できなかったのか。黒ねこ。何故ファンシー成分を付け加えた。黒ねこである必要はなかったろうが。「ねこ」がわざわざでひらがなで書かれているところがまた腹立たしい。

 正直なところ、恥ずかしい。俺は平常心を保ったまま「黒ねこココアドーナツ(ホイップクリーム入り)ください」と言うための精神訓練を受けていない。しかし口の中はもう完全にココアドーナツの味になっている。なんなら「コーヒーと、あと……」と言ってドーナツの棚を指さす段階まで既に入っている。ここから手を引っ込めるわけにはいかない。

 まったく今日は災難だ。ゴルフに行くのだけでも億劫なのに、まさかドーナツを注文する段階でこのような試練が待ち受けているとは思わなかった。世間は25歳独身男性に厳しい。

 どうする。黒ねこを省略して「ココアドーナツ」と注文すべきか。しかしその場合(うわ、この人黒ねこっていうのが恥ずかしいんだ……)と目の前に立つバイトリーダーっぽい兄ちゃんに内心見下される事態を避けては通れない。それは避けねばならない。このセブンイレブンは最寄りのコンビニであり、最寄りのコンビニのバイトリーダーに見下された場合、最寄りのコンビニに来るたびに俺はちっぽけな劣等感を抱えなければならないことになる。

 例えばちょっと切手を買いに来る。レジにいるバイトリーダーに声をかけなければ切手は買えない。もちろんバイトリーダーは終始にこやかに対応してくれるが、心の中では(こいつ黒ねこココアドーナツもまともに注文できないくせに、切手は注文するのかよ……)と嘲笑の嵐である。俺は震える手で切手を受け取り、震える足で家まで駆け戻り、布団にくるまって悔しさに震えながら泣くのだ。

 そんな未来は断ち切らねばならない。俺は決めた。俺は黒ねこココアドーナツ(ホイップクリーム入り)を注文するのだ。25歳男性彼女なしにだって、その権利はある。照れてはならない。堂々と注文するのだ。恥ずかしいことなど、本当は一つもないのだから。

 

 ぼく「黒ねこココアドーナツください」

 バイトリーダー「は~~~~~い!! 黒ねこ一丁~~~~~~~~~!!!!」

 

 完全に負けた。黒ねこがどうとかファンシーがどうとか悩んでいるこっちが愚かだった。バイトリーダーはあくまでも職務に忠実であった。そこには25歳男性合コン連敗中に対する侮蔑など一切なく、ただ黒ねこココアドーナツ(ホイップクリーム入り)を望む客に黒ねこココアドーナツ(ホイップクリーム入り)を届ける、正しきバイト戦士の姿があった。たかが黒ねこココアドーナツ(ホイップクリーム入り)という商品名に一抹の恥ずかしさを感じていた俺のなんと矮小なことか。

 俺は平然としたふりをしながら会計を済ませ、商品を受け取り、車に戻り、悔しさに涙しながら黒ねこココアドーナツ(ホイップクリーム入り)を食べた。何故か少ししょっぱく、ほろ苦い味がした。

 

 久しぶりのゴルフは前回のスコアを一割も上回る大健闘でした。

 あとお金下ろし忘れてたので先輩に一万円借りました。