読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

セーブポイントでシュミテクトを補給する話

 人生におけるセーブポイントがあるとしたら、それはやはり実家なのだろうと思う。

 たまに実家に帰るたび、実感するのだ。ここ以上に僕を安心させてくれる場所は見つからない。一晩きりの滞在であったとしても、僕は実家で眠ることによって何かを補給している。日々の生活で目減りした精神的なそれを、僕は実家で回復させているのだ。

 この時のイメージとして、僕の脳内ではセーブポイントがくるくる回っている。セーブポイントセーブポイントらしくあればそれでいい。球体だったり幾何学的なオブジェだったりするが、大概の場合それはくるくる回りながら光っている。昨今の優しいゲームにありがちな、触れるだけで体力など諸々を回復してくれる親切なタイプである。僕の実家はくるくる回りながら光っている。僕はそれに軽く触れて、画面上側に表示されているゲージを満タンまで補給する。

 一体何によって僕はこうまで回復しているのだろう、その理由について考えてみたが、僕が実家に帰るたびに補給しているものは一つしかない。それがシュミテクトである。なぜかうちの洗面台にはシュミテクトが山積みになっているので、実家から自宅へと戻る際には適当な本数をわしづかんでリュックに放り込むのが恒例となっている。一応解説しておくがシュミテクトとは歯磨き粉の一種であり、知覚過敏に効果的であることから根強い人気を誇っている。その名前からも歯がしみるのをプロテクトしてくれるであろうことがありありと伝わってくる。

 思えば、いつだってシュミテクトは僕とともにいてくれた。実家から泡盛を持って帰ったことも、アマノフーズのインスタント味噌汁を持って帰ったことも、親父手作りの食べるラー油を持って帰ったこともあったが、それらは全てたった一度きりのイベントだった。そしてそんな大物がカバンのスペースを埋めている時でさえ、シュミテクトは必ず片隅に収まっていた。

 僕は実家というセーブポイントで、シュミテクトを補給していたのだ。僕がパラメーターとして備えている精神的な何かのゲージは、実のところシュミテクトで埋められている。僕の精神はシュミテクトでできている。きっと、冷たいものを浴びせられたとしてもあまりしみないのだろう。