スピリットサークルの話 -水上悟志は次元を超える-

 メチャクチャ好きな漫画であるスピリットサークルのおススメをするにあたって、まずは作者であるところの水上悟志先生の紹介から入ります。まどろっこっしいか? うるせえ、つべこべ言わずに聞いてくれ。

 水上悟志。1980年生まれ(へー)。主にヤングキングアワーズで読み切りや連載を描いた後、同誌で連載した「惑星のさみだれ(全10巻)」が読者の心を鷲掴みにした後2,3回ぶん殴って最後にキレイにパイルドライバーキメてくれるような名作として評判を博す。代表作は他に「戦国妖狐(全17巻)」「スピリットサークル(全6巻)」。2018年の7から9月に放送されたアニメ「プラネット・ウィズ」の原案も務める。これもいい宇宙超能力戦隊巨大ロボアニメでした。設定は水上作品を知ってると「なるほど」と思えるところが多く、何よりキャッチコピーの「幸せだったことを俺は忘れない」、読むだけで鳥肌立つし、これがクライマックスで言い放たれた瞬間には鳥肌がスタンディングオベーションでしたね。

 さて、水上悟志は妖怪、霊、超能力、輪廻転生といった題材を扱うことが多く、いくつかの作品は世界観を共有していると言われていますが、これは誤りであると俺は思っておりまして、それは要するに、いくつかなどとは生ぬるい、世界観を共有しているのは全作品だ。それが一番わかりやすいのがスピリットサークル5巻の84、5ページ。

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 この世界への理解が作者の根底にあり、その根底を基にして諸作品が成立しているのではないかと思うんですね。いや実際のところはわかんないけどね。

 

 多分大事なのはこのあたり。

・世界は空間(3次元)+時間(1次元)座標の基本形を有する天川が中心となってできている。

・天川を例えばx軸に取り、可能性値をy軸に取ると、無数の平行宇宙を面として表記可能。

・さらにこの面は無数に積み重なっており、このz軸は魂/非物質の次元値に相当する。

・で、この構造上を魂/意思/霊力は移動可能である。

 

 ってことから、諸作品の以下の設定が導出される。

・人は意思/魂の力で非物質の次元にアクセスし、エネルギーを実在世界に持ち込める。(諸作品の超能力/霊力に相当)

・非日常的な存在は可能性値/非物質の次元値が僅かにずれたところ、つまり僕らのそばに存在する。(闇(かたわら)/おとなりさん…つまり妖怪の存在⇒散人左道、百鬼町戦国妖狐、プラネットウィズ)

・人間は何らかの方法で天川を離れられれば(魂だけになるとか、莫大なエネルギーで強引に時空を歪ませるとか)時空間の移動が可能。(タイムトラベル、輪廻転生⇒惑星のさみだれスピリットサークル

人智を超越したもの、すなわち天川を次元的に超越し俯瞰するものの存在。(外星生命体⇒サイコスタッフ、スピリットサークル、プラネットウィズ)

 とまあこんな感じで。ここで俺が特に強調しておきたいのは、俺ら人間は天川(空間3次元+時間一方通行の1次元)の強制的な流れのもとに存在しているってこと。俺らは天川に流されながらなんとか生活をやっていくしかないわけ。普通はね。

 まあ長々語りましたけれど、ぶっちゃけ設定なんて2の次だと思うんですよね。しかしながら、物語に強度をもたせるためには、より強固な地盤、つまり設定が必要になる。水上悟志の作品は上記のうんちくを小難しく語るためにあるのではない。これはあくまで地面だ。登場人物たちが真っすぐ立つための足場だ。そして忘れないでほしい。水上悟志の物語は、天川の一方的な流れに翻弄されながらも、それでもより強く泳ぎ切ってやろうとする人たちの物語だ。導入はここまで。いったん休憩入りまーす。

 

 

 ではやっと本題。スピリットサークルの紹介です。

 まずあらすじ。ちょっと霊が見えるくらいの平凡な中学2年生桶屋風太は、転校生の女の子、石神鉱子に一目惚れ。彼女の後ろに見える背後霊のことは少し気になるものの、仲良くなろうと話しかける。そこで彼女に胸倉掴まれ、「探してたわ、あんたが私の嫌いな奴」と初対面なのに言われ、不思議な円環でぶん殴られる。意識を失った風太はおかしな夢を見る。遠い昔の夢。風太はそこではフォンという名前で、レイという名の少女と仲睦まじく暮らしている。そのささやかな幸福がある日、村の豊穣を祈る儀式のイケニエにレイが選ばれるという形で不条理に奪われ、怒りを抑えきれなくなったフォンは儀式の最中に乱入するも、レイの心臓はすでに捧げられた後で、フォンは神官に返り討ちにされる。今わの際、フォンがとらえたその神官の顔は、石神鉱子にそっくりだった。目を覚ました風太に鉱子は告げる。「私たちは前世で憎みあい、戦ってきた。あんたにはあと7回死んでもらう。私と関わってきた過去生をあと6回体験してもらった後で、あんたの魂を完全に滅し、私たちの戦いを今生で終わらせる」輪廻転生、人の縁をめぐる物語がいま幕を開ける……!!

 とここまでが1、2話のまとめ。なげえよ!!

 要するにこれは、輪廻転生の物語なんですよ。人が繰り返し繰り返し、生きて死んでいく物語です。主人公風太は7回生きて死ぬ。ヒロインというより宿敵の鉱子も7回生きて死ぬ。そこでこの作者、水上悟志の本領が発揮されます。この人、登場人物を死なせるのがメチャクチャ巧い。そういうとなんというか嫌らしく聞こえますが、ただ作品のなかで登場人物は、物語の起伏のために死ぬのではなく、自分が自分として生き抜いた結果として、すなわち天川の終着点に辿り着いて死ぬのです。この辺はもう読んでもらうしかない。惑星のさみだれなら2巻まで、スピリットサークルなら1巻読めば風太3つ目の過去生ヴァンの完結までたどり着けます。読んでくれ。頼む。読んだら俺の言っている意味が分かるから。そしたら分かる、この輪廻転生の物語をこの人が描いて面白くならないわけがないって。

 さて、風太は繰り返し過去生を体験し、鉱子との因縁の元凶であるはじまりの過去生、フルトゥナに辿り着きます。彼はとんでもない天才だったので孤立するも、友人たちに恵まれて幸せに暮らすのですが、やっぱりちょっと天才過ぎちゃったので、何万人も殺してコーコ(鉱子の過去生)と対立したり、最終的には宇宙を喰って全知全能になろうとします(何言ってんのか俺もよくわかんない)。最終的には英雄コーコに倒されます。ところ戻って現代、全ての過去生を見終えた風太と鉱子のもとに、邪悪な天才フルトゥナが仕掛けた罠が襲い掛かる…! というのがこの全6巻の漫画の全体感。

 一応核心のネタばれを控え、その結果どうなるかというところは置いといて。

 で、特に最終版の、何が素晴らしいのかというと、フルトゥナが普通の人間から離れて全知全能の存在にまでなろうとしたその理由が、結局はフルトゥナが「幸せだったころを取り戻したい」だけってところなんですよ。この時、天川、つまり人生の流れから逸脱しようとした天才フルトゥナが、結局他の凡人と大差なく、いや誰よりも人生に捕らわれていることになる。次元の壁を超えてしまいそうな大天才だって、最終的には一人の人間に還元される。

 その結果、この物語は読者に何をもたらすか?

 それはいくつもの人生を追体験したような濃密な時間と、自分の人生を前向きに見つめなおす機会です。

 

 小説が書かれ読まれるのは、人生がただ一度であることへの抗議からだと思います。

-北村薫               

 漫画だけどね。でもこれと同じだよ。水上悟志作品は別次元の世界であり、そこを生きる人たちの人生の物語だ。

 水上悟志諸作品には、人生を(あるいは人生を包括する一方向の時空の流れ=天川を)超越しようとする人物がたびたび現れますが、彼らに共通して言えることは、結局彼らだって人間であることには変わらない、ということです。

 そんな流れを超えていこうとする彼らや、あるいは流れのなかでより強く生きていこうとする人たちを漫画の中に見ることはすなわち、読者が冒頭に述べた天川を、魂の次元値を一つ越えた場所から眺めることになります。水上漫画は次元を超える媒体であり、読者はそうして一つの世界を見つめることで、己をいま押し流している現実の世界を新たに見つめなおす視点を得られるのです。

 そうして俺たちは考え直す機会を与えられる。

 よりよく生きられるんじゃないのか?

 より強く生きられるんじゃないのか?

 そんな想いを、後ろ暗くなることなく、100%前向きな形で読者に与えてくれるこの漫画。誇張抜きでおそらく俺の人生ベスト1漫画なので、ぜひ手に取っていただければと思います。