鈴木健著「なめらかな社会とその敵」を読みました。
細胞が膜をまとって自己と他者を区別しながら生命は成長し、内部と外部・味方と敵を区別し「身内」を拡大することで社会は発展してきましたが、2025年現在、多様性やグローバリゼーションが叫ばれるようになってさえも、僕らはあらゆる物事について「敵」を作って事象を簡潔化しようとする行為から免れ得ない。例えば中国ヘイトを公言して憚らないような人が悲しいことに実在します。そこには在日中国人も日系中国人も留学生もハーフもいろいろ、「日本」と「中国」だけでは区別できないグラデーションが存在するのにね。実際、ふっつーに会社で仕事をしているだけでも「自社と競合他社」どころか「自部署と他部署」「経営層と実働部隊」と内部でさえ内外を切り分けて話すようなケースは非常に多い、安易な二元論・敵と味方みたいな考え方はしないようにしなきゃなーと考えつつある今のおれです。でも何かを敵にしたほうが仕事ってしやすいんですよねー。
本書では、インターネットが社会に定着した昨今、今まで「外」と「中」に分かれていた人たちが容易につながることができるようになっている。その中で、貨幣制度・民主主義・社会契約論において「なめらかな社会」を実現できる可能性を持つモデルを提案し、ネットワークを用いて「外」と「中」を「なめらかに」接続することを試みる、というのが概要。難しかったけど面白かったです。

「内」「外」01判定の明確な境界線を有する社会ではなく、このグラフみたいに境界がなめらかにグラデーションする社会を提唱する、ってこったね
話は変わってラーメンだ。
近所の中華料理屋に二郎ラーメンが置いてある。メニューにもしっかり「二郎ラーメン」と書いてある。これ、大丈夫? 本家の二郎も別にメニュー「二郎ラーメン」って謳ってるわけとちゃうで?
中華料理屋のラーメンにありがちなあっさりした醤油の中華そばに、とりあえずニンニクと蒸した野菜を盛りつけました、という感じで、早い話、「これは二郎系ラーメンとちゃうな」と思いました。中華料理屋のラーメンにそれっぽいガワ纏わしただけやなと。もっと二郎二郎したラーメンを求めていたおれにはかなり肩透かし、なんだかしこりを抱える食体験となってしまったわけです。
しかし、これでいいのか?
おれはまた、「中」と「外」、「二郎系ラーメン」と「二郎系ラーメンじゃないの」の二元論に捕らわれていないか?
この中華料理屋のラーメンは、まさに二郎系ラーメンのなめらかな境界線に立つ、現在のラーメンジャンルに一石を投じる存在なのではないのか?
それはそれとしてやっぱり商標的に大丈夫なのか?
そこで本記事では、「二郎系ラーメン」と「二郎系ラーメンじゃないの」を接続してなめらかにする取り組み、ひいてはラーメン全体に対してなめらかなジャンル分けを確立する、そういった試みをします。しますと言ったらします。
まず本家二郎本店が二郎度1であるとします。
そして完全に二郎系でないラーメン、例えば天下一品や来来亭は二郎度0です。
今後二郎度という単語は頻出するので、ζ(ゼータ)とおきます。格好いいから。
この場合、二郎インスパイア系(夢を語れや豚山、立川マシマシなど)のζはいくつになるでしょうか? 1とはならないのではないでしょうか。
今回問題となった中華料理屋の二郎ラーメンのζはいくつになるでしょうか? 0.5はいかないか??
最も簡単に思いつくのは客の投票によって「二郎か」「二郎でないか」を集計し、その割合をもってζを決定することです。
しかしこれはあまりいけていない。なめらかなラーメンジャンル分けを確立したいのに、そのなめらかなジャンル分けの基準となるのが客の01判定というのは面白くないですね。それに二郎系ラーメンを標榜するラーメン屋は軒並みζ=1となることでしょう。もっと自動的に、そしてロジカルに決められる仕組みはないでしょうか?
例えばこんなのはどうでしょう。
まず最初に、本当の二郎系列や二郎系インスパイアと明確に標榜するラーメン店にζ=1を保有させ、これらのみを二郎系としてみなします。
とあるラーメン喰らいAがいます。Aは生粋のジロリアンで、二郎以外のラーメンは食べません。
ここにもう一人ラーメン喰らいBを登場させます。Bもかなりのジロリアンですが、二郎系を食べる率は半々といったところでしょう。
さらにラーメン喰らいCです。Cは二郎系ラーメンは全く食べません。なんかマシマシとかのシステムが怖いからです。
このAとBとCに、ζ影響度というものを持たせましょう。Aは二郎系しか食べないので1、Cは二郎系を食べないので0、Bは二郎系を半々で喰らうので0.5ですね。
そして各ラーメン屋のζと、各客のζ影響度は、インタラクティブに作用します。
二郎系を標榜していなくても、Aが訪問したらζが増加します。二郎系を標榜していても、Cが食べに来たらそれは二郎系ラーメンではないかもしれません。そのラーメン屋のζは減少します。Bはまあ良い様にやってくれ
そして客のほうも同様です。Aがついうっかりζ=1ではない店に訪れてしまったら、Aの保有するζ影響度が減少します。Cについても逆の現象を当てはめるわけです。店と客同士で、ζとζ影響度を相互にトレードするようなイメージですね。Bはもうなにとぞよしなに。
そしてすべてのラーメン屋のζとラーメン喰らいのζ影響度を一定の期間ごとに集計します。ラーメン屋はζ影響度が高い客に来られれば来られるほどζが高く維持されることになりますし、ラーメン喰らいもζが高い店に行けば行くほど高いζ影響度を保有することになります。
この集計を無数に繰り返していけば、すべてのラーメン屋のζが一定の小康状態に到達することでしょう(もちろん味の変更や客層の変化などによって完全な安定状態にはなりえませんが)。つまり、「なめらかな二郎系ラーメン」のジャンル分けの完成です。ここまできてようやく、うちの近くの中華料理屋の二郎ラーメンの二郎っぽさが定量化でき、おれも「あー、これはさすがζ=何某のラーメンやなー」と納得しながら麺をすすれるわけです。
一応、タイトルの回収もしておきましょう。
二郎系ラーメンの敵と言ったら何でしょう?
そう、家系ラーメンです。
いやまあ敵ではないか。
でも同時に並び立たない存在であることには間違いないよな。
家系ラーメンについても同様の指数を導入しましょう。
つまり家系度合いι(イオタ)ですね。
すべてのラーメン屋にιを持たせ、すべての客にι影響度を持たせることにより、すべてのラーメン屋の家系っぽさを定量化することができます。
そして、各ラーメン屋がιとζを同時に保有することにより、今までは成り立ちえなかった、「一定二郎系であり、一定家系である」というラーメンジャンル分けが可能になるわけです。
ここまで来たら皆さんお判りでしょう。
そう、京都背脂系、博多とんこつ系、札幌味噌系、タンタンメン、タンメン、意識高い系、富山のなんか黒いやつ、、、すべてのラーメンジャンルに指標を設定することにより、ありとあらゆるラーメンをなめらかにジャンル分けすることができるのです。
さらにスープやかえし、麺の種類やトッピングのコンセプトなど、評価指標を単なる「~~系」から細分化することにより、ラーメンの指標もまた詳細に知りうることが可能となります。
このなめらかなラーメンジャンル分けにより何が可能になるのかというと、各ラーメン屋がどういったジャンルに位置するのか、そしてどのラーメン屋がどのラーメン屋と似ているのか、そういった情報を網羅し一元化できるラーメンジャンルマッピングが作成できます。我々ラーメン喰らいにとって垂涎の代物ですね。
以上、これが今回私が提唱する、店と客の相互作用による、なめらかなラーメンジャンル分けモデルです。
え? 例えばミトコンドリアラーメンみたいなゲテモノの指標は絶対低くなる運命にあるけれどどうすればいいのかって? 知らないよ。ラーメン経済学を専攻している奴に尋ねてください。
ほんとうに何を書いてるんだおれは。
腹減ったからいまから来来亭食べに行きます。