時がたつ話

 あれから、12年が経ちました。あるいは14年が経ちました。18年かもしれません。それらに相当する時間が我々の中で過ぎました。

 まだ生きてるね、一応幸いなことに。当時高校生だった俺達も大学生差だった俺達も心配だった後輩も尊敬していた先輩も、もれなくこの30半ばという沼の中にからめとられています。

 みんなはどうですか?
 おれはどうにもならないよ。

 

 家族が増える。守るものが増える。見えることが増える。ライフステージが変わる。
 全部に本物だ。結構なことだ。じゃあ何も守らないおれの人生は偽物か? おれの人生はおれがどう生きるかに過ぎない。おれの人生は偽物じゃなくここにあるだろ。

 おれの人生、なんていうものが存在することが前提の話だけど。

 

 カルダモンが効いたクラフトジンを飲んでいる。ジンは個性がわかりやすく出てうまい。普通のジン、マイルドなジン、スパイス効かせた人、鰹とか入れてみたジン、みんな違っていい。とくにカルダモンバカ強いジンにはまっている。

 なにはともあれ、個性のきいた人はやはり手に取られる。

 お前は何が効いている?

 おれは何が効いている?

 

 仕事終えて、適当に酒飲んで、寝て、動かない頭を抱えて出社する。不幸なのは、出社しているときはそれなりに頭が動く(あるいは動かさない)ということ。この時間におれはおれがここにいるべき理由を示さなければいけない。辛いよ? 自分の存在を大根おろしみたいになけなしのアウトプットに振りかけていかなきゃならいのは。でもこれは誰が悪いって話でもないもんな。駆動するAIに押し出されて、おれはおれがおれであるべき理由を目いっぱい主張しなきゃならない。おれでなきゃならない理由? そんなものあるわけがないだろ。おれはAIを使える人間として成り立つくらいしか逃げ場がない。AIが使える人間なんざ雨後の筍のように生えてくる。タケノコなら刈り取ってあく抜きしてゆでてポン酢かけて食えばうまい。あいつらはそういうわけにはいかない。

 

 みんなはどうなんだ? あれから月日がたった。お前はお前としてやれているのか? 教えてほしい。おれはおれとしてやれなくなった、おれらしい皮をかぶってかつてのおれを燃料に駆動している。目の前に零れ落ちる社会の変化らしいものをむさぼってどうにか駆動を続ける。ここのどこにおれの意思があるんだろう? 教えてくれ、お前にはお前の意思があるのか?

 

 昔のことを思い出す。 誰もいないプールを独占して泳いだ日を。転んだあの子の手をさっと拾ったことを。あの確かな瞬間だけがまだおれがおれであることを支えてくれる。あの時のおれには意思があった。たどり着きたい景色があった。

 

 おれはどこにたどり着くんだろう?

 

 君たちのことを祝福する。
 何かを成し遂げた君たちのことを祝福する。
 移り変わったライフステージで奮闘する君たちのことを祝福する。
 実現すべき未来を見据えてそれにまい進する君たちのことを祝福する。
 あなたがからめとられた日常を駆動させる重責を担わされたあなたのことを祝福する。 

 おれみたいな生き物はダレに祝福されるべきなんだろうか?

 

 手を伸ばすよ。

 まだ人として歩みたいから。

 この不安な現状に呼応する声が自分だけの物と知っている。

 

 

 酒を飲もう。

 飯を食おう。

 その安易な快楽でおれの感性を呼び覚まそう。

 

 誰か手をつないでほしい
 おれの手の存在を確かめさせてほしい

 

 行こう、明日は曇天、だれを認める気もない空が見下しておれはいつものように一人で歩く。

 歩けるといいな

 まだ歩けるといいな

 まだまだ歩けるならいいな

なんでもいいから試しに文字を打ちたい話

 ※新しいキーボードの試し打ちをしたいがためにないネタを振り絞っています。

 

 AIに仕事を奪われたので無駄な仕事を生み出すことで対抗している。この間も私は特に誰が困っているかもわからない課題出しのための会議を開き、出た課題の整理のための会議を開き、そこで編み出したアクションアイテムの整理のために会議を開き、整理結果と担当割り振りのために会議を開いた。これで4時間だ。どうしよう、こんなに苦労して仕事を生み出してもAIがはるかに効率化してくるよ。

 AIを用いた業務改善をたくさん出さねばならない立場なのだが、なんだろう、仕事をすればするほど自分の存在意義がなくなっていく。緩やかな自殺。誰が使うのかも明確になっていないノーコードアプリを開発してお茶を濁すしかない日々だ。このおれの価値デフレスパイラルから誰か救い出してくれ。

 

 ***

 

 昔は外を出歩くにも少しは服に気を使ったものだが、最近は半そで半パンでも全く気にならなくなっている。

 年々着衣量が減っていく。

 このままいくと60歳くらいでおれは全裸になるのではないか

 人は全裸で生まれて全裸に近づいていく。

 

 ***

 

 イヤホンが趣味でたくさん買ってしまうのだが、困ったことに私の耳は2つしか開いていない。皆さんはどうかわかりませんが。多様性の時代なので。

 

 ***

 

 セルが故障してうんともすんとも言わなくなった車がさっきレッカー車にドナドナされていった。哀愁で泣きそうになった。

 

 ***

 

 ペットとしての蛇の魅力の話をしましょう。

 まず顔がかわいい。お目目クリクリで口がきゅっとなっている。正面から見るとマジで(・ω・)これ。実質ウサギの上位互換。きゅーべぇ。

 んで静か。犬だの猫だのそういった獣はワンキャンうるさいが蛇は一切の無音。静かにあなたの生活に寄り添ってくれます。

 んで無臭。犬だの猫だのそういった獣はプンプンくっせぇが蛇はうんこすら無臭。密やかにあなたの生活に寄り添ってくれます。

 首元がさみしいとき、巻ける。

 あと何よりも、長期的に見てメリットがあるんですよ。数か月に一回脱皮するのでね、蛇の抜け殻が手に入ります。これをためておくことによって無限に金運が上がり続けるんですよね。儲かります。蛇代くらい余裕でペイできます。長期投資先としていかがでしょうか。飼えば飼うほど金銭的にお得な唯一の動物、蛇!

 

 ***

 

 そうこうしているうちにたまった風呂がどんどんぬるくなっていく。今日はこの辺で。新しいキーボードはスペースの打鍵音が低くタイピングのアクセントにとてもいい感じ。

 YUNZII QL75さんです。

 ご参考まで。

 

何だかわからない肉を食った話

 この日曜日、松阪山肉会というものに同僚と参加してきました。猟師の方などが主催いただいている、野生の肉を食い散らかしてやろうというワイルドな会です。大規模なTwitterのオフ会って感じの雰囲気でした。知らない人ばかりでしたが、フランクな方ばかりで大変楽しかったです。

滅多に出会えないたくさんの食材をごちそうになってしまいました。

イノシシ肉にトルティーヤ

アナグマの肉じゃが

大量の鹿のすね肉にキョンの丸焼き


ちょっと待って……

 

キョンの丸焼き?

キョン…………????????

 最初に主催の方がおっしゃった。「今日のメインはキョンの丸焼きです」と。皆「オーッ」ってなってた。おれも「オーッ」って言った。その実、キョンが何なのか、おれには分かっていなかった。名前だけは聞いたことがあった。動物であることぐらいは分かっていたが、それ以外は何もわからなかった。「大きめの、7,8キロあるキョンです」とおっしゃった。大きめかどうかわからなかったがおれも「オーッ」と言った。誰にも聞けなかった。おれはいつもこうだ、わからないことをわからないと認めることができない。こうした小さな虚飾の積み重ねにいまのおれの体たらくがある。わかっちゃいる。わかっちゃいるんだけどな。

 

 なにかわからないままに食べるキョンの肉は、意外と柔らかくて臭みも少なく、大変においしかったです。

 

 ちなみに、いまだにキョンがどんな見た目なのか知らないままだ。見た目が分からない動物を食う経験ってそうないだろうから、あえて調べないままでいます。知ったら最後、知る前には戻れないから。キョンをご存じの皆様、もしいらっしゃっても、おれにキョンを生涯教えないでください。

 また来年も行きたいです。

 キョン、丸焼きにするわよ。

靴下を信じない話

 裸足のままでは満足に歩くことすらできない脆弱な生き物が人間なわけで、なんなんだこの欠陥生物、どの面下げて万物の霊長名乗ってやがんだ早く絶滅しちまえよ、と思うのですが、まあ百歩譲って靴は許すとして、これはマジで百歩譲ってる、靴なんてなくても人は前に歩めると信じたいから、百歩譲ったとして、靴下、お前はなんなんだ。なんで足を布でくるまないといけないんだ。地面からの保護は靴が担ってるはずだろ。保護具という観点では靴下はなんの役にも立っていない。だいたい靴という人工物に足を包まれているだけで窮屈なのにその上にさらに布、お前ら足に何の恨みがあってそんなにがんじがらめにするんだ。靴下の意味が分からない。蒸れるじゃん。履くことによってデメリットしか生んでないだろ。嫌いだから家着いたら秒で脱ぎ捨ててる。そこらへんに脱ぎ捨てるからおれの家には靴下があちらこちらに生息している。忌み嫌うがゆえに忌み嫌うものに囲まれて生活しないといけないパターン。人はこれを自業自得と呼ぶ。冬もね、靴下履きたくないからサンダル履いてる。どんなに指先が凍えそうでも。靴下を履き脱ぎしてる時間って人生で一番無駄だと思う。あらゆる衣服の中で一番面倒じゃないですか靴下。スーパー銭湯に行くときとかサイアク。風呂入って、あーさっぱりしたっつって、その後にまた靴下履くのなんて想像したくもない。風呂で得たさっぱりがすべて台無しにされる気分だ。旅行にもサンダルで行く。靴下は荷物を圧迫するだけの無用の長物。あと片方だけなくなるのもホントにムカつく。黒い無地の靴下なんて「俺たちがベーシックな存在ですよ」みたいなツラしてるくせにいざ黒い靴下でそろえようとすると違う種類の奴が混じってて微妙に長さも違ったりしてもうわけわかんなくなるのが嫌い。すぐ穴も開くしな。踏みにじられるのが仕事なんだからせめて穴なんて空かせませんという気概を見せろよ。好きなバンドが靴下をグッズ展開したけど靴下だけは買わなかった。お前はなんで靴下をそこまで嫌うんだ、親を靴下に殺されたのかと思うかもしれませんが、そうです、おれの親は靴下に殺された。

 なんなんすかね靴下。近年発明されたぽっと出の代物に過ぎないくせに「俺を身に着けてるのは当たり前」みたいな感じ出してるじゃないですか。靴下履かないとおかしな奴扱いされる。本当に世間が間違っていると思うんですよね。社会がおかしい。靴下が当たり前と思っている奴らは洗脳されている。本来靴下は必要のない存在。これを突き詰めるとじゃあパンツも必要ないだろということになり、最終的に全裸にならざるをえない。

 どうしよう。ただ靴下への呪詛を吐き散らしたかっただけだから本当にオチが思いつかない。とりあえずダダ滑りしとくか。いや靴下、靴の上にあるから、正しくは靴”上”やーんwww こんな目に合うのも靴下のせいだ、いずれすべての靴下を燃やしてやる。

うんこマンの話

 タイトルからわかる通り、そこまで上品な話ではない。食事中の人は読まなくていい。食事中にスマホを触るな。スマホを閉じろ。食と向き合え。

 

 職場でトイレに行く。最寄りの男性トイレには二つ個室がある。が、両方埋まっていることがままある。我慢しきれないときは少し歩いて隣の棟のトイレに行く。そこすら埋まっているときもややある。肛門の臨界点が近づいているのに階移動を余儀なくされる最悪のケース。カメムシの大発生くらい最悪。

 トイレが埋まっていること多いなーと思う。仕方のないことである、勿論おれもトイレに行くので。午前と午後の二回は必ず行くので。飯食った分は出したくなるし、なにより便を出しているときにさえ給料が出ていると考えると、自分の価値が少しだけ上向いたように思えるから。

 小学校の時はこんな大手を振ってトイレに行けなかった。いや別に今も大手を振って行っているわけではないけれど。小学校の時は大をしようものならうんこマン呼ばわりされた。手を洗ってもバッチいバッチい言われた。だから小学生の時分はなるべく大きいほうはしなかった。万が一行きたくなった時も人が来ないエリアのトイレにわざわざ向かっていた。みんなもきっとそうでしょう? なんで小学生はうんこいったやつを蛇蝎のごとく忌み嫌うんだろうな。誰しも皆うんこするのにさ。アイドル以外は。

 小学生までは、うんこ行ったやつは確実にうんこマンだった。高校の時にはもううんこマンなんていなかった。中学の時はどうだったろう。さすがにうんこマンはいなかっただろうか。どこに境目があるのだろう。うんこマンがいる場所。少なくとも僕らはそこを通りすぎてしまった。もううんこマンには出会えない。

 あの頃の僕らは自分以外の誰かをうんこマンに仕立て上げることで、さも自分はうんこマンではないような面をしていた。僕らは幼く傲慢だった。誰もがうんこマンであったというのに。

 僕らは大人になった。少なくとも誰かをうんこマンにしなくても生きていけるほど。それは成長でもあり、鈍化でもある。 うんこマンを作り上げるほどの切実さは僕らにはもうない。僕らはそこまで日々に全力で向き合えない。うんこマンはいなくなった。僕らが無邪気さを忘れるとともに。僕らの感性が鈍っていく合間に。

 だから、と僕は思う。たまには、うんこマンのことを思い出すべきだ。幼いころの切実さを取り戻すために。あの頃の気持ちが、いまの年老いてしわくちゃになって罅割れたカッサカサなお前の感性に、少しだけ水を差してくれるから。

 

 話は終わる。だからスマホを閉じろ。そして飯を食え。食に向き合え。

なめらかな二郎系ラーメンとその敵の話

 鈴木健著「なめらかな社会とその敵」を読みました。

 細胞が膜をまとって自己と他者を区別しながら生命は成長し、内部と外部・味方と敵を区別し「身内」を拡大することで社会は発展してきましたが、2025年現在、多様性やグローバリゼーションが叫ばれるようになってさえも、僕らはあらゆる物事について「敵」を作って事象を簡潔化しようとする行為から免れ得ない。例えば中国ヘイトを公言して憚らないような人が悲しいことに実在します。そこには在日中国人も日系中国人も留学生もハーフもいろいろ、「日本」と「中国」だけでは区別できないグラデーションが存在するのにね。実際、ふっつーに会社で仕事をしているだけでも「自社と競合他社」どころか「自部署と他部署」「経営層と実働部隊」と内部でさえ内外を切り分けて話すようなケースは非常に多い、安易な二元論・敵と味方みたいな考え方はしないようにしなきゃなーと考えつつある今のおれです。でも何かを敵にしたほうが仕事ってしやすいんですよねー。
 本書では、インターネットが社会に定着した昨今、今まで「外」と「中」に分かれていた人たちが容易につながることができるようになっている。その中で、貨幣制度・民主主義・社会契約論において「なめらかな社会」を実現できる可能性を持つモデルを提案し、ネットワークを用いて「外」と「中」を「なめらかに」接続することを試みる、というのが概要。難しかったけど面白かったです。

「内」「外」01判定の明確な境界線を有する社会ではなく、このグラフみたいに境界がなめらかにグラデーションする社会を提唱する、ってこったね

 

 話は変わってラーメンだ。

 近所の中華料理屋に二郎ラーメンが置いてある。メニューにもしっかり「二郎ラーメン」と書いてある。これ、大丈夫? 本家の二郎も別にメニュー「二郎ラーメン」って謳ってるわけとちゃうで?
 中華料理屋のラーメンにありがちなあっさりした醤油の中華そばに、とりあえずニンニクと蒸した野菜を盛りつけました、という感じで、早い話、「これは二郎系ラーメンとちゃうな」と思いました。中華料理屋のラーメンにそれっぽいガワ纏わしただけやなと。もっと二郎二郎したラーメンを求めていたおれにはかなり肩透かし、なんだかしこりを抱える食体験となってしまったわけです。

 

 しかし、これでいいのか?

 おれはまた、「中」と「外」、「二郎系ラーメン」と「二郎系ラーメンじゃないの」の二元論に捕らわれていないか?

 この中華料理屋のラーメンは、まさに二郎系ラーメンのなめらかな境界線に立つ、現在のラーメンジャンルに一石を投じる存在なのではないのか?

 それはそれとしてやっぱり商標的に大丈夫なのか?

 

 そこで本記事では、「二郎系ラーメン」と「二郎系ラーメンじゃないの」を接続してなめらかにする取り組み、ひいてはラーメン全体に対してなめらかなジャンル分けを確立する、そういった試みをします。しますと言ったらします。

 

 まず本家二郎本店が二郎度1であるとします。
 そして完全に二郎系でないラーメン、例えば天下一品や来来亭は二郎度0です。
 今後二郎度という単語は頻出するので、ζ(ゼータ)とおきます。格好いいから。

 この場合、二郎インスパイア系(夢を語れや豚山、立川マシマシなど)のζはいくつになるでしょうか? 1とはならないのではないでしょうか。
 今回問題となった中華料理屋の二郎ラーメンのζはいくつになるでしょうか? 0.5はいかないか??

 最も簡単に思いつくのは客の投票によって「二郎か」「二郎でないか」を集計し、その割合をもってζを決定することです。
 しかしこれはあまりいけていない。なめらかなラーメンジャンル分けを確立したいのに、そのなめらかなジャンル分けの基準となるのが客の01判定というのは面白くないですね。それに二郎系ラーメンを標榜するラーメン屋は軒並みζ=1となることでしょう。もっと自動的に、そしてロジカルに決められる仕組みはないでしょうか?

 例えばこんなのはどうでしょう。

 まず最初に、本当の二郎系列や二郎系インスパイアと明確に標榜するラーメン店にζ=1を保有させ、これらのみを二郎系としてみなします。
 とあるラーメン喰らいAがいます。Aは生粋のジロリアンで、二郎以外のラーメンは食べません。
 ここにもう一人ラーメン喰らいBを登場させます。Bもかなりのジロリアンですが、二郎系を食べる率は半々といったところでしょう。
 さらにラーメン喰らいCです。Cは二郎系ラーメンは全く食べません。なんかマシマシとかのシステムが怖いからです。

 このAとBとCに、ζ影響度というものを持たせましょう。Aは二郎系しか食べないので1、Cは二郎系を食べないので0、Bは二郎系を半々で喰らうので0.5ですね。
そして各ラーメン屋のζと、各客のζ影響度は、インタラクティブに作用します。
 二郎系を標榜していなくても、Aが訪問したらζが増加します。二郎系を標榜していても、Cが食べに来たらそれは二郎系ラーメンではないかもしれません。そのラーメン屋のζは減少します。Bはまあ良い様にやってくれ
 そして客のほうも同様です。Aがついうっかりζ=1ではない店に訪れてしまったら、Aの保有するζ影響度が減少します。Cについても逆の現象を当てはめるわけです。店と客同士で、ζとζ影響度を相互にトレードするようなイメージですね。Bはもうなにとぞよしなに。
 そしてすべてのラーメン屋のζとラーメン喰らいのζ影響度を一定の期間ごとに集計します。ラーメン屋はζ影響度が高い客に来られれば来られるほどζが高く維持されることになりますし、ラーメン喰らいもζが高い店に行けば行くほど高いζ影響度を保有することになります。
 この集計を無数に繰り返していけば、すべてのラーメン屋のζが一定の小康状態に到達することでしょう(もちろん味の変更や客層の変化などによって完全な安定状態にはなりえませんが)。つまり、「なめらかな二郎系ラーメン」のジャンル分けの完成です。ここまできてようやく、うちの近くの中華料理屋の二郎ラーメンの二郎っぽさが定量化でき、おれも「あー、これはさすがζ=何某のラーメンやなー」と納得しながら麺をすすれるわけです。

 

 一応、タイトルの回収もしておきましょう。

 二郎系ラーメンの敵と言ったら何でしょう?

 

 そう、家系ラーメンです。

 

 いやまあ敵ではないか。
 でも同時に並び立たない存在であることには間違いないよな。

 

 家系ラーメンについても同様の指数を導入しましょう。
 つまり家系度合いι(イオタ)ですね。
 すべてのラーメン屋にιを持たせ、すべての客にι影響度を持たせることにより、すべてのラーメン屋の家系っぽさを定量化することができます。

 そして、各ラーメン屋がιとζを同時に保有することにより、今までは成り立ちえなかった、「一定二郎系であり、一定家系である」というラーメンジャンル分けが可能になるわけです。

 

 

 ここまで来たら皆さんお判りでしょう。

 そう、京都背脂系、博多とんこつ系、札幌味噌系、タンタンメン、タンメン、意識高い系、富山のなんか黒いやつ、、、すべてのラーメンジャンルに指標を設定することにより、ありとあらゆるラーメンをなめらかにジャンル分けすることができるのです。
 さらにスープやかえし、麺の種類やトッピングのコンセプトなど、評価指標を単なる「~~系」から細分化することにより、ラーメンの指標もまた詳細に知りうることが可能となります。

 このなめらかなラーメンジャンル分けにより何が可能になるのかというと、各ラーメン屋がどういったジャンルに位置するのか、そしてどのラーメン屋がどのラーメン屋と似ているのか、そういった情報を網羅し一元化できるラーメンジャンルマッピングが作成できます。我々ラーメン喰らいにとって垂涎の代物ですね。


 以上、これが今回私が提唱する、店と客の相互作用による、なめらかなラーメンジャンル分けモデルです。
 え? 例えばミトコンドリアラーメンみたいなゲテモノの指標は絶対低くなる運命にあるけれどどうすればいいのかって? 知らないよ。ラーメン経済学を専攻している奴に尋ねてください。
 ほんとうに何を書いてるんだおれは。
 腹減ったからいまから来来亭食べに行きます。

フリーアドレス制度の問題点とそのソリューションに関する話

AI による概要

フリーアドレスとは、オフィスに固定席を持たず、その日の業務内容や気分に応じて席を選ぶワークスタイルです。
【フリーアドレスのメリット】
 ・社内コミュニケーションが活発になる
 ・オフィスにいない人のスペースを有効活用できる
 ・個人の持ち物を大幅に削減できる

 

 ということでね、弊社でも多様な働き方とコミュニケーション活性によるイノベーションを期待してのフリーアドレス導入の話が出たりでなかったりしているんですけれども。
 これ実際導入されたからって、いろんな席に座っていろんな人と話すかって言われると、まあそんなことにならないと思うんですよね。同じような席に座って同じような人と話すほうが楽だもん。僕はほぼ固定席になる自信がありますね。

 ところがしかし、「経営者目線に立って考えろ」と一従業員に無理難題を要求してくる昨今。経営者目線に立たなければいけないそうなので、フリーアドレス制度を導入したうえで、席や同卓者が固定されず、ダイバーシティなワーカーのコミュニケーションによるイノベーションが加速される、そんなソリューションをいくつか考えておきましたので、経営者の皆様にはぜひご参考いただければと思います。行きますよ、覚悟してくださいね。

 

 ・二日連続同じ席に座るとケツに電流が走る

 ・同じ課のメンバーが隣接した場合、両者のケツに電流が走る

 ・一つの卓の過半数が同課だった場合、その卓の全員のケツに電流が走る

 ・隣の席が違う課のメンバーだった場合、プレイヤーは1イノベーションポイントを得られる

 ・違う課のメンバーと交流してイノベーションが得られた場合、イノベーションコンボが発生し、当日と次の日に得られるイノベーションポイントにイノベーションコンボ数分のイノベーションボーナスが加算される

 ・一日イノベーションが得られなかった場合、またはケツに電流が走った場合、イノベーションコンボはリセットされる

 ・プレイヤーは1イノベーションポイントを消費することにより任意の対戦相手のケツに電流を流すことができる

 ・プレイヤーは2イノベーションポイントを消費しケツの電流を回避することができる

 ・プレイヤーはケツの電流を頑張って耐えることができるが、ライフポイントを1つ失う

 ・5ライフポイントを失った場合、プレイヤーの有給が1つ消費される

 ・各クォーターごとにイノベーションポイントが集計され、最もイノベーションポイントが高いプレーヤーが勝利する

 ・最もイノベーションポイントが低いプレーヤーは懲戒となる

 ・一つの卓にエグゾディアの全パーツが着席した場合、プレイヤーは勝利する

 

 

 いかがでしたでしょうか? この記事を参考に、御社のイノベーションがアクセラレーションされると幸いです。

 この記事は新しくアリエクで買ったキーボードの打ち心地を試してみるために書かれました。