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部屋の話・夢の話・コメントの話・タイトルの話・雑な話・ホームアローンの話・忘年会の話

雑記

 部屋に帰ってくると俺のものがいっぱいあって、「ああ、ここは俺の部屋だ」と思う。俺が好きなものや欲しかったものがそこら中に転がっている。まるで俺自身を切り離して部屋中にまき散らしているようだ。ここは俺の部屋だと目印をつけるために。丁度犬が電信柱に小便をひっかけるみたいに。

 いつのまにこの部屋はこんなに俺の部屋になったのだろうか、俺は考える。四月、引っ越してきた当初はまだ俺の部屋ではなかった。段ボールの積み重なる部屋に布団を敷き、「よし、これからここを俺の好きなようにしてやるぞ」と意気込みながら眠りに就いた記憶がある。その次の週、本棚とCDラックを組み立てた時に、この部屋は結構俺の部屋になった気がする。いやしかし、五月末から一か月と少し部屋を空けた期間があるから、そこでいったんこの部屋は俺の部屋でなくなったはずだ。七月に帰ってきて、それから五か月も経とうかという今、この部屋はもう信じられないくらい俺の部屋に成り果ててしまっている。俺はただ、この部屋で暮らしていただけなのに。

 そういうわけで、俺は俺の部屋に住んでいる。この部屋が何かの間違いで燃え上がってしまったとき、俺はとても辛く感じるのだろうと思う。まるで自分の半身が燃えているように。迷子の犬が夕日に向かって鳴くみたいに。

 

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 「新入職員の皆様におかれましては、就活生へと送るメッセージを執筆いただきたく」という文面とともにアンケートが送付され、その中に「仕事上の夢や抱負を聞かせてください」という項目があったのだが、何を書けばいいものかさっぱり思いつかない。あまりの思いつかなさに自分に驚いている。夢がない、夢がないとは常々思っていたけれど、こんなに夢がないとはさすがの俺も気付かなかった。

 

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 「「何かに対するコメント」に対するコメント」は基本的に薄っぺらいものになる。自分でもたまにやってしまい、薄っぺらすぎてすぐ破る。薄いので良く破れる。あんなにみっともないものもそうそうないなと思う。元のコメントよりさらに偏狭なものにしかならないし、話の本筋から外れやすい。誰も得しないものになりやすいのだけど、しかしこれは書きやすい上に言いやすいので皆やる。「何か」について抱いた感想を表現するのは結構難しいのだが、「何かに対するコメント」についての感想は表現しやすいらしい。

 「「何かに対するコメント」に対するコメント」であんなに薄っぺらいのだから、「「「何かに対するコメント」に対するコメント」に対するコメント」はさらに薄っぺらいのだろう。「「「「何かに対するコメント」に対するコメント」に対するコメント」に対するコメント」までいくと一体どうなってしまうのか。これを素材にしたコンドームでも作ってしまうと良い。ただし強度はないからすぐ破れる。

 

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 いちいちタイトルを考えるのが面倒くさくて、適当な単語に「~の話」という語尾をくっつけてずっと通してきたのだが、最近「~の話」という部分が冗長に感じられるようになってきた。取っ払いたくて仕方がない。

 適当な単語を羅列するだけのブログにしてしまえばよかった。「スマホケース」「トイレとエネルギー」「眠る前」「自転車と図書館」「想像力」「喉枯れ」「うまいコーヒー」「落ちる」「火」「偽物」「砂や岩」「古い靴」「足の爪」「植え込み」「歯医者」「チンする」。なかなか悪くない。ただ意図的に無視したタイトルの記事も結構あり、統一感を出すのは難しいものだと思う。

 単語の羅列が好きだ。単語は無機質で乾いているものであればあるほどいい。そういう単語が無作為に出てくるボタンがあったら、俺は休まず押し続けると思う。餌が出てこないサルみたいに。

 

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 「雑記」ってカテゴリ、自分でもどう扱っていいものやら分からないので、今日はメチャクチャ雑に書いてます。

 

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 ホームアローン、録画してあったのを観たんだけど、ホームアローンしている部分が覚えていたよりも短かった。

 

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 明日は忘年会がある。忘年会、忘年会と言いながら皆その年にあったことばかり話すというあの会だ。ちゃんと忘れてほしい。名が体を表さないケース。

 いつもいつもその年のことは結局忘れないのだから、もう最初から違うものを忘れるつもりでいたほうがいい。いつだったか、友人とそんな会話をしたことがある。「忘元カノ会」「忘黒歴史会」とかいろんな提案をしながら酒を飲み、寝て起きたらそいつは忘年会の内容をすっかり忘れてしまっていて、図らずしも「忘忘年会会」をした形になった、というのが今回のオチだ。お粗末。