眠る前の話

  昔の話。大体の少年がそうだったように僕もゲームや漫画が好きだった。特にRPGやバトルものみたいな、「敵」を「僕ら」がぶっ倒しに行くようなお話は大のお気に入りで、ワイルドアームズのロディやガッシュ・ベルが強大な相手に立ち向かっていくのをワクワクしながら眺めていたもんだった。
  そんな夢見がちな男の子にとっちゃ、眠りにつくその前の時間は貴重な遊び時間だった。布団に包まれた暖かい暗闇の中では僕はどんなことだって出来て、何にだってなれた。世界一面白いゲームを作ったし誰よりも速く泳げた。銃を提げて荒野を歩いたし竜の血を引いていたことすらもある。空も飛んだ。舞台の上でギターを弾いて歌った。気になるあの子と手を繋ぐことだって出来た。全部子供の妄想だ。だけど、頭の中じゃ僕は無敵だった。あの頃の僕はとんでもなく広大な世界に住んでいたんだ。

  最近は便利だ。電気を消したってスマホタブレットもゲーム機もなんだって使えるから、眠れそうになるまで時間を潰すことが出来る。ゲームボーイは画面が光らなかったし電池が切れそうになるとどんどん液晶が暗くなっていくんだぞ、今の子供たちよ。まあとにかく、睡眠の質が悪くなると頭じゃ分かっていながらも、ついつい僕はそういう文明の利器に手を伸ばしてしまう。だって、一人で暗闇の中に取り残されるのって結構きついことじゃないか? 何もないんだ。目を閉じて残るのは、自分以外には何も。年を取るにつれて想像力の足りなくなった僕は、無敵でも何でもないただのウジウジしがちなおっさんに成長した。ウジウジするのはあまり楽しいことじゃないから、それなら適当にニコニコ動画でゲームのTASでも観ながら意識が薄れる瞬間を来るのを待っていたい。主人公が会心の一撃ばかり出すのを眺めている間は暗いことを考えなくても済むから。

 だけど、そうも言ってられなくなってきた。昼まで寝てたって許される生活はもうそろそろ終わりだ。朝しっかりと起きるためには、夜しっかり寝ないといけない。寝タブレットと決別を告げる時が来た。小学生の時みたいに、暗闇の中でゆっくり眠る生活を取り戻す必要があるのだ。
  だから、僕はもう一度小学生に戻ろうと思う。眠りにつくその前に、楽しいことばかりを想像するんだ。自分がこれまで犯してきた過ちに対して終わりなき反省をしたりなんてしない。超優秀な技術屋になったり小粋なジョークを飛ばしたりよく怒るけどよく笑う奥さんと一緒に素敵な家庭を築きあげたりしてやる。どんな幼稚な妄想だって、妄想するだけなら誰にだって迷惑かけないだろ?  僕はあの頃の想像力を、ひいてはあの頃僕が持っていた広大な世界を取り戻すのだ。それさえできれば、僕はきっと楽しく生きていけるようになるに違いない。なんてったって、僕は無敵になれるんだから。